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六条御息所の生霊、夕顔をとり殺す


源氏物語・夕顔より

こちらをまずご覧ください。

 たとしへなく静かなる夕べの空を眺め給ひて、奥の方は暗うものむつかしと女は思ひたれば、端の簾を上げて添ひ臥し給へり。夕映えを見交はして、女もかかるありさまを思ひのほかにあやしき心地はしながら、よろづの嘆き忘れて少しうちとけゆく気色、いとらうたし。つと御かたはらに添ひ暮らして、物をいと恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子とく下ろし給ひて大殿油参らせて「名残りなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちの隔て残し給へるなむつらき」と恨み給ふ。

情景描写と男女のようす。「静か」「嘆き忘れてうちとけゆく」。女(浮舟)は「奥はものむつかし」「物をいと恐ろし」とも思っている。源氏は「心の隔て」がつらいとも言っている。夕顔の隠し事を暗示しているようだ。

 「内裏に、いかに求めさせ給ふらむを、いづこに尋ぬらむ」と思しやりて、かつは「あやしの心や。六条わたりにもいかに思ひ乱れ給ふらむ。恨みられむに、苦しう、ことわりなり」と、いとほしき筋はまづ思ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひをあはれと思すままに「あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや」と思ひ比べられ給ひける。

この段落は「~を思う」が四回も出てくるのだが、いずれも敬語でもあることから源氏の心中のことだとわかるだろう。内裏とか六条とか出てくるが、文脈上の状況はわかりにくい。

 宵過ぐるほど、すこし寝入り給へるに、御枕上にいとをかしげなる女ゐて「己がいとめでたしと見たてまつるをば尋ね思ほさで、かくことなることなき人を率ておはして、時めかし給ふこそ、いとめざましくつらけれ」とて、この御かたはらの人をかき起こさむとす、と見給ふ。

枕上にいるのが幽霊のようです。この女のセリフから六条御息所と推定できる。「かく殊なることなき人を時めかすのがつらい」

  物に襲はるる心地して、おどろき給へれば、火も消えにけり。うたて思さるれば、太刀を引き抜きてうち置き給ひて、右近を起こし給ふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて参り寄れり。「渡殿なる宿直人起こして『紙燭さして参れ』と言へ」とのたまへば、「いかでかまからむ。暗うて」と言へば、「あな、若々し」と、うち笑ひ給ひて手をたたき給へば、山彦の答ふる声いとうとまし。

火が消えているのは怪談の定番。女房右近とのやりとりで、右近が「いかでまからむ=どうして行けましょう」と尻込みしているのをつかむ。手を叩いてもこだまするだけ。

 人え聞きつけで参らぬに、この女君いみじくわななきまどひて、いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて我かの気色なり。「物怖ぢをなむわりなくせさせ給ふ本性にて、いかに思さるるにか」と、右近も聞こゆ。「いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほし」と思して「我、人を起こさむ。手たたけば、山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」とて、右近を引き寄せ給ひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開け給へれば、渡殿の火も消えにけり。

女君=夕顔が「わななきまどひて、汗もしとど」、源氏は助けを求めに渡殿へでる。

  風すこしうち吹きたるに、人は少なくてさぶらふ限りみな寝たり。この院の預りの子、むつましく使ひ給ふ若き男、また上童一人、例の随身ばかりぞありける。召せば、御答へして起きたれば、「紙燭さして参れ。『随身も、弦打して、絶えず声づくれ』と仰せよ。人離れたる所に、心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の来たりつらむは」と、問はせ給へば、「さぶらひつれど、仰せ言もなし。暁に御迎へに参るべきよし申してなむ、まかではべりぬる」と聞こゆ。この、かう申す者は、滝口なりければ、弓弦いとつきづきしくうち鳴らして「火あやふし」と言ふ言ふ、預りが曹司の方に去ぬなり。内裏を思しやりて「名対面は過ぎぬらむ、滝口の宿直奏し、今こそ」と、推し量り給ふは、まだいたう更けぬにこそは。

源氏が何か命令をしている。「声作れ」と言われたので「火の用心」と言っているのだろう。これは笑う所なの?

 帰り入りて探り給へば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。 「こはなぞ。あな、もの狂ほしの物怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの、人を脅やかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものには脅されじ」とて、引き起こし給ふ。「いとうたて、乱り心地の悪しうはべれば、うつぶし臥してはべるや。御前にこそわりなく思さるらめ」と言へば、「そよ。などかうは」とて、かい探り給ふに、息もせず。引き動かし給へど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、「いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめり」と、せむかたなき心地し給ふ。

右近も臥せっている。源氏は「マロは左様なものに脅かされじ」と言うが、女は息もせず。

  紙燭持て参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳を引き寄せて、「なほ持て参れ」とのたまふ。例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬ、つつましさに、長押にもえ上らず。「なほ持て来や、所に従ひてこそ」とて、召し寄せて見給へば、ただこの枕上に、夢に見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え失せぬ。

ローソクを持ってきた召使と源氏のやりとり。そして、またまた女が現れて消える。

「昔の物語などにこそ、かかることは聞け」と、いとめづらかにむくつけけれど、まづ「この人いかになりぬるぞ」と思ほす心騒ぎに、身の上も知られ給はず、添ひ臥して、「やや」と、おどろかし給へど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。頼もしく、いかにと言ひ触れ給ふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには思すべけれど。さこそ強がり給へど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見給ふに、やるかたなくて、つと抱きて「あが君、生き出で給へ。いといみじき目な見せ給ひそ」とのたまへど、冷え入りにたれば、けはひものうとくなりゆく。

オバケなんか平安時代でも昔の話。しかし、女は「冷えに冷え」「息が絶え果てた」

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古文の学習


たとしへなく
奥はむつかし=気味が悪いと女が思ったので源氏が添い臥ししている。
かかるありさま=文脈依存でわかりにくいが、源氏と二人でいることだろう。


若し=普通に若いと言う以外に、子供っぽいなどマイナスイメージで使われることもある。
こころぐるし=気の毒。「若く心苦し」は地の文。廃墟に連れてこられて怖がる様子が気の毒ということなのだろう。
名残ない=のだから、思いを遂げたということだろう。それなのに「隔て残し」ている夕顔を恨む。夕顔の隠し事(実はライバルの友人頭中将の女であったこと)






この段落は心中の表現でもあり難しい。

ここは、源氏が夕顔との逢瀬を楽しむために周囲には告げずに秘密の隠れ家に連れてきたという状況が前提となり、内裏=天皇が、仕事を勝手にさぼって行方不明になった源氏を心配しているだろうと「おぼしやる」ことをつかむ。

また、後半は、六条とは六条の女=六条御息所のことであり、恨まれている自覚が源氏にあること、そして、「苦しき御ありさま」を「捨てばや=捨てたい」とある。「捨てたい」では意味が通らないような気がするが、流れから六条に文句を言っているのだと見当をつけると、これも六条御息所を目の前の夕顔と「思い比べて」いるのだと読める。源氏物語を全体の文脈から読めるようになればこういう箇所も難なくわかるのかもしれない。





宵すぐる(過ぎる)程の幽霊のセリフ
己(私)がめでたし(すばらしい)と見もうしあげているのを(その私を)尋ねようと思われないで、かく(このような)殊なるこのなき人(いいところのない女を)率いて、ときめかす(寵愛する)のがめざましく(心外で)つらし(ひどい)
うらめしや~を長くしましたが、内容は幽霊らしく恨めしいということ。







物に襲わるる心地
「もの」はよく婉曲に使われるが、ここでは超自然的・物の怪のこと。だから次の「うたて」は気味が悪い意。太刀を置くのはまじないなのだろうか。平安時代も侍のように刀は持っていたのだな。
右近と源氏の対話。最初が源氏の命令「宿直人(とのゐびと)を起こせ。あかりをさして参上せよと言え」次の右近の答えが反語になっているが、いつものように訳してみよう。「(いかで~)どうして退出できましょう、いやできません。暗くて」となる。怯えているのだ。それに対する源氏の答えが「若々しい=現代と違って若いのは肯定的ではなかったのだ。子供っぽいとか未熟とか。」

































 

 

 


訳はこちらを  源氏物語の世界 再編集版