夕顔 その1

 夕顔〜〜源氏物語より

   作 大塚修司

 世(よ)になく清(きよ)らなる玉(たま)の男御子(をのこみこ)
 
  「世にない」人間。これは特別な人間の物語。
  宝石のように生まれついた光源氏。何をしても、まぶしく光っているように見えるので、あだ名が「光」。名前が源氏。
  帝の子として生まれ母は死んでいる、十二で元服し親が決めた年上の妻と結婚。

 源氏物語第四帖、夕顔の巻。これは源氏十七歳の話である。
  脇役をすこし紹介しよう。
  「惟光」は源氏と同じ乳母に育てられた。惟光は、いわば子供の頃から兄弟のように付き合ってきた間柄である。源氏の召使件友人
  「頭の中将」は義理の兄である。源氏よりすこし年上で、親しみがもてる話し相手だ。その頃、頭の 中将は「常夏の女」という人を好きで通っていたが、女が急に行方不明になり探していた。

 この頃、源氏は六条みやすどころ御息所という七才年上の貴婦人に通っていた。御息所はひっそりと住まっていた。それでも元后だけあり、隙のない対応と、教養のあるもてなし。そこは別世界だった。しかし、
  貴婦人は思い詰める性格で、源氏のいない寝覚めをいつも煩悶していたのだ。

  
   ある夏の日、光源氏は惟光と、二人の乳母(うば)を見舞った。都の五条。このあたりは貧しい家家の集まっている地域。 「狭い住まいだ。が、宮廷であろうと粗末であろうと、しょせんは仮のやどり、」と十七歳の源氏は思っていた。

牛で引くくるま、牛車(ぎっしゃ)の中から隣の家を見ていると、小さな住まいに、女達の影が見えている。

 夏の夕方。涼しそうなすだれが吊ってある。その家は、つる草が
心地よく這いかかり、白い花が微笑んで咲いている。

切懸(きりかけ)だつ物(もの)に、いと青(あを)やかなる葛(かづら)の心地(ここち)よげに這(は)ひかかれるに、
  白(しろ)き花(はな)ぞ、おのれひとり笑(ゑ)みの眉開(まゆひら)けたる

 その白い夕顔の花を家来に折らせようとすると、家から女の子が出てきた。白い扇を差し出して、「つる草だから、これへ乗せるといいよ、」という。扇は、いい香りに香が焚き染められている。

扇に上品な字でこう書いてあった。 
「心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花」
  歌の意味。「たぶんあなたは光ることで有名なお方。露の光をそえて、あなたの光をそえて、夕顔の花も喜ぶでしょう。」

 女からの思いがけない行動。しかも、あなたは光源氏ねという大胆な歌。。源氏は動かされた。

源氏は歌の返しをした
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 花の夕顔」
歌の意味。「花の夕顔も夕方にぼんやりと見たのではわかりませんよね。この際、近寄って私をよく見てはどうですか。」


 
  源氏は惟光に「隣の夕顔の家のことを調べてほしい」と頼んだ。「またか!」惟光は断ろうとした。「僕が女好きだと思って嫌なんだろ。でもこの扇はなにか事情がありそうだ。筆跡を変えてある」惟光は実は別の考えもあり夕顔の家にそれとなく出向いた。
  惟光は源氏に告白した「実は夕顔の家の召使の女房のひとりに言い寄ったのです。和歌を書いた女主人らしい人も見ましたが、なにか物思いにふけっておられるようでした、」それを聞いて本当は夕顔が目当てなのではないかと、源氏は惟光を疑った。しかし、とにかく、召使の女房達を味方につければしめたもの。惟光のおかげで源氏は夕顔の家に通うようになった。

 源氏は夕顔と夜を重ねた。
  睦まじくすごした。近所の話し声が筒抜けのこんな所で逢瀬を重ねるのも、夕顔は恥ずかしがらず、おっとりとしている。
  夕顔は、なぜか自分の名前を打ち明けなかった。それで源氏も意地になって自分のことを明かさなかった。しかし、夕顔は、この奇妙で現実ばなれした関係もおもしろいと思っている風だった。
「その子供っぽさが好きだ。
夕顔。はかない感じ。やわらかで頼りなげな感じが好きだ。」
  しかし、源氏は夕顔のどこが自分を惹きつけるのか、よくはわからなかった。気持ちを冷まそうとするが、恋心はつのって行くばかりだった。

 ある疑いが起こった。惟光の調査では夕顔の身内が頭の中将に詳しい。「ひょっとすると同じ人物を愛したのだろうか」。頭の中将は「常夏の女とは数年付き合って子供までいるのに、ある日突然行方不明になってしまった」と言っていた。「なびきやすいから他の男について行ったに違いない」とも言っていた。
  「もし夕顔と常夏の女が同一で、同じようにどこかへ行ってしまったら、」と考えると、源氏は居ても立ってもいられない。不安が独占したい気持ちを強める

「気楽なところでお話ししましょう。」自分の家に連れだせば安心だ。源氏は夕顔を誘う。
「あなたは狐みたい、怖いわ。」かわいい。
「もし私が狐だったり悪者だったりしたらどうしますか。狐ならだまされてみてください」
夕顔は源氏が狐でも構わないと思っているような感じだ。

 夕顔。すべてを受け入れそうなこころが好きだ。しかし、夕顔は私のことをその場限りの戯れだと思っているかもしれない。「そうではないと言ってやりたい。」
  夕顔の自分への気持ちは何故かうつろいそうにない。でも、隠し持っているかもしれない自由になびいてゆく心があったとしたら、「それはなお魅力的だ」。

 

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