家庭教師がお手伝い 目次                                  自己紹介と生徒募集


国語読解 選択肢問題

  • 核心をつく
  • 本文に書いてあることから逸れない
  • 答えは用意しておく
  • 消去法
  • 選択肢にも性質がある
  • 選択肢と本文の双方向で考える
  • 全体的な把握

選択肢の迷妄

 選択肢Bが正しいと信ずる生徒に向かって選択肢Cこそが実は正しかったのだと説得し、改心させる程難しいことはない。紛らわしい選択肢に迷う中から「最もあてはまる」ひとつを選び、あるいは正答をうかつに見逃さないためには、本文に即し外れることなく偏らず核心をズバリ突き、隠れたまたは暗黙の情報や常識に目を配る必要がある。逆に、一部にとらわれたり、逃したり、逆らったり、文字面だけを追ったりしたのでは、はずれてしまう。Bを主張しBにとらわれている生徒を説得する過程では、うっかりするとCの正しさを信じるはずの家庭教師までがそうかまあそこまで言うならBでも良いのかもしれない出題も多様な可能性を考えたのであろうそもそも他人の人生いや点数のことでもあるから余計な口を挟むのもどうかと道に迷ってしまう。信じるものは救われる、囚われの自我を捨て断捨離の道を進むにはむしろ部屋の掃除からでも始めるとするか。

 小学校「よいものはどれですか」から、センター試験「最も適当なものを選べ」まで、、、他の設問同様に、「聞かれたこと(設問)にまっすぐ答える」「本文に書かれていたかどうか」「文脈をはずさない」「言葉の定義・意味に慎重に」などは良く生徒に注意することだ。そして、「選択肢を読む」というのが、本文を読むのと同じくらい大切だ。

 良い選択肢問題は、読者が見逃しかけていた点や問題の隠れていた本質を「ああ、そういうことか」と発見させてくれたりもする。問題の把握が不十分だったのだし、そもそも読解とは発見だ。

消去法

 消去すべき選択肢とは、本文に書かれてない、意味が違っている選択肢をはじめ、部分的、的外れ、筋違い、拡大解釈、あるべき言及がない、ニュアンスや意味がおかしい、なんかちょっとちがうんじゃない?、などなど。長い選択肢だと間違いの該当部分というものがたいてい一二箇所発見できるか怪しい部分がある。うっかり見逃さないよう、全体を見回すよう注意して解く。

心構え

 選択肢を読む前に自分なりの解答を作っておかない人が意外に多いようだ。選択肢とはいえ、設問に答えるのだから、面倒くさい選択肢を読む前に自分で答えを作っておけば(小説ではだいたいのイメージとして、評論はやや明確に)あとは自分のと同じ考えの選択肢を選べば済むだけのはずだ。加えて、あらかじめ傍線部について考えることにより、文脈ずれや尋ねられたことから思考が離れてしまうなどのうっかりも防ぐことができる。もちろん、意外な選択肢に会うのも楽しみにはしておこう。

 解答者は意識的にも無意識的にも選択肢の性質について考えるだろう。たとえば、消去法的な問題か綜合的な問題か、など。色々分類はできそうだが、特に感じられるのは、おおまかに聞いているのか、細かく聞いているのかという点だろう。本文を咀嚼したうえで読解の内容を問うものが多い中、目立つのは本文に直接的な対応関係があって読解の部分的意味内容を問うものである。後者は、私大の入試にはよく出るし中学受験にも見あたる。本文のどこに書いてあるか見当をつけてくまなく探さなくてはならないので「細かいこと」を聞いてくるという印象が強いうえに時間もかかる。大まかな読解が得意な人には試練だ。しかし、現代文ではなく古文や英語で考えるとわかりやすい。古文の読みとりを試すには、文法や単語の意味など細部の理解をチェックすることになる。畢竟、受験生にとってみれば難解な現代文は古文のようなものか。

解き方

 小学生の「詩」の問題などは解きがいのある問題のひとつだが、生徒が「うまく説明はできないがこの選択肢がいい」と解いたりするのは直観的で全体的な把握の結果といえるだろう。それができるためには「落ち着いて読む」くらいしか指導の策はなさそうだが、あるとすれば次のようなのはどうだろう。選択肢を吟味することは、選択肢に書いてある内容を理解し、本文とつきあわせることだ。それは、選択肢問題を「双方向」で考えることでもある。たとえば「この詩にふさわしい題名を選べ」という問題を解く時に、本文から要約するだけでは問題は解けなくて、選択肢から「この選択肢だと、本文はこんなになるはずだ」と考えるようなものだ。本文を従に選択肢を主にして考え直して、中心をつかむ。

 中には、これって「その人固有の思考」を試す心理検査かい、という設問もある。小学生より中高生ほど自分の欲望にそった答えに○をしそうだ。選択肢式の心理テストが人気があるのは、ものの見え方が人によって異なるのが面白いのも要因だ。文化によって見方、見え方が違うこともある。しかし、国語は元々は他者が見ている文化を理解する勉強だともいえるので、このへんは修行を積む必要があるかもね。

  私は、選択肢問題を一人で解く時は正解するのに、生徒を前にして解くと間違えることがある。これは仕事や立場に「とらわれて」全体的把握ができなくなるからと、弁解しておこう。他の出題を解くより選択肢を解くのは集中と冴えが必要になるとも言える。