国語の成績 算数の成績


算数・数学の成績

 算数の成績は国語より伸びやすいと、よく言われる。普通はそうだ。国語とちがって算数・数学は技術を練習し習得するだけだからだ。しかし、算数でも伸びない子もいる。まず、国語と同様で、学習の限界点に達している子どもだ。かなり学習時間が長いのに、それだけの成果が得られず、ある程度までの得点しか取れない。知的・操作能力に余力がないことがまず考えられるが、他にも、学習の問題点を考える必要がある。基礎力の一部に、なにか欠けているところがあったり、そもそもまじめに勉強してなかったり。学習方法がまずく、充分にイメージが完成されていなかったり。これらの場合は、問題を沢山解くのではなくて、一つ一つの問題点を解決しなくてはならない。自分は「頭が悪い」と思い込む人もいるが、知的・操作能力は一種の慣れでもあるし、発達的なものでもあり、動機付けや学習方法によっては少しずつ伸びることもある。
  また、算数・数学の成績が伸びるためには条件がある。それは、宿題として一人で考えて学習する習慣があり、関与が積極的であることだ。一人で集中して学習しなければ力にはならないし、漫然と宿題をしていても身に付かない。

国語の成績 国語の勉強

 国語が得意な生徒を思い浮かべてみる。共通の特徴はないかもしれない。ある子は物事に関心と興味がある。別の子は生き生きした精神活動と活発な生活。大人びている。積極的に関係をもとうとする。意志、遊び好き。文章を書くことに抵抗が少ない。そして、何より勉強であまり疲れていないこと。塾の宿題疲れは国語の読み取り疲れにつながり悪循環になる。幅広く関心をもつことは何よりも国語の力の根幹だと思う。算数ができれば国語もできると言う先生もいて、それは知的能力の事を言うのだろうけれども、事実だと思う面もあるものの、人によってそうでもない部分もある。
 

家庭教師と成績

 家庭教師につくと成績が伸び始める場合がある。習い始めて今までやみくもだった問題演習を力に応じてこなすようになり、国語なら読解の解答技術を身につけ、成績が伸びるということはある。記述が少しずつ上達するようになる場合も成績が伸びる。家庭教師につくと成績が落ちはじめる場合がある。先生がついたという安心感によって、いままでしていた勉強を怠る場合。また、固執してきた独自のやり方があったため、混乱する場合。しかし、どちらも一時的な現象である。長期的にはとくに国語の成績が伸びにくい。これはプロ家庭教師の私でも実感。波があるという場合も多く、成績に一喜一憂するのが日常茶飯事のようでプロ家庭教師としても親御さんの前で苦笑いするしかない。読書だ、朗読を聞こう、落語はどうか、速読だ、作文だ、対策は色々とるが、国語は精神的成長がかかわっている意味からも、長い道のりだ。

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算数・数学と国語

 算数・数学は職人やスポーツのように技術を身につけるという面がある。見よう見まねだけでは身につかず、実践や練習を通して身体が覚える必要がある。理解はできても実践に疎くてはいけない。ここを分かってない生徒も多い。理解だけではテスト対策にはならない。この点は国語もそうで、算数が職人なら国語はサービス業。サービス業なりのマニュアルもあるにはあるが、なんにでも対応できる力をつけるには他の多くの要素がからむ点では実践重視の算数と同じである。イメージを作って理解するという点では国語も算数も同じだが、国語が抽象的なイメージを作るのにたいして、算数のほうがより視覚的にハッキリした操作的なイメージを作らなくてはならない。
 心の傾向として、外向性、内向性を対比でとらえたのは心理学者のユングだが、感情面と思考面も対比でとらえている。しかも互いに相補性を持っているという。思考面が理系すなわち数学・算数で、感情面が国語だといえる。たいていの人は一方を生きていて、どちらかが意識にあらわれて、一方が無意識に沈んでいる。多く、男子は算数。数学が得意でココロの面は無意識だ。女子は国語は得意だがモノの把握が苦手。一方が得意で反対の面は苦手だ。算数の得意な男子が感情的になるとすごく理解不能なことをしたり、国語の得意な女子が理屈をしゃべるとこれまた変な理屈になる。これは互いに反対の世界に住んでいるからであるが、最終的には互いに補い合ってひとつのものになるという。

国語の成績に波がある